2010年11月4日木曜日

「光媒の花」

著者:道尾秀介)

平成22年11月3日(水)

by Eiji.K

いかにも小説らしい小説、これぞ小説の世界であるという印象であり、本を読む楽しさを感じさせる作品である。
山本周五郎賞受賞作品であり、今年度直木賞候補となった。
6篇の短編で構成されているが、連作となっており、その関連に作者の力量を感じる。

「隠れ鬼」
■ 認知症の母親とひっそり暮らす男性の封印された過去
○ 高校3年生が別荘地で父親の愛人を殺してしまい、それを知った父親が自殺するという哀しい内容である。
○ このような殺人者のその後の人生について、“しかし本当の私は、他人の人生を壊し、自分の人生を壊し、老いはじめた身体で途方に暮れている一人の殺人者なのだ。” と言わせているが、殺人等の罪を犯した者は、たまたま法的に罰せられずにいても、まっとうな陽のあたる人生を過ごすことはできないのではないかと思う。

「虫送り」
■ ホームレス殺害に手を染めた小学生兄妹が抱く畏れ
○ 性的にいたずらされた復讐としてコンクリート片を落とすという幼い行為であるが、なにかやりきれなさの残る内容である。
○ 浮浪者の大人が幼い子供達に対し、子供達が人を殺したと思わせる言動は、後になって殺していなかったことがわかるが、子供のころから殺人という罪の意識を持たせることは、上記の大人のような人生になってしまうことになるため、非常に残酷な行為であり、人として許せないことである。

「冬の蝶」
■ 密かに心を通わせた少女のために少年がついた嘘
○ この短編で浮浪者を殺したのは幼い子供達ではないことがわかるが、そのことを誰にも告げていなく、問題解決にはならないことが、心残りと思ったが、
連作の最後にキチンと整理している。
○ 経済的な貧困や厳しい生活環境の中でどうしようもない現実に流されている幼い中学生(サチ)の状況をよく現わしている。そのような中での純情が痛ましく、胸を打つ。
○ この男子中学生が浮浪者を殺す浮浪者となるが、暗い人生は継続する。

「春の蝶」
■ 両親の諍い機に、耳が聞こえなくなった少女の葛藤
○ 中学生で人を刺したサキのその後の人生が気になっていたが、真面目な社会人となっていることが分かり安心する。
○ 幼い少女(由希)が嘘を続けなければならない哀しさ・優しさと娘の教育のために嘘をついた親(牧川老人)の話であるが、老人の“娘の顔つきがやわらいできているような気がしていた。”とあり、今後の明るさを感じさせるところに救いがある。

「風媒花」
■ 病に伏せる姉を見舞う配送ドライバー青年の誤解
○ 母と弟の仲たがいを解消するために仕組んだ姉の細工(カタツムリの涙)は成功した。姉は花の咲かない風媒花ではなく、虫媒花であった。
○ 心温まる結末に安心する。

「遠い光」
■ 自信を失った女性教師と孤独と戯れる教え子の希望
○ 「虫送り」の小学校の男子生徒がでてきて、河原のおじさんが警察に自首し、“僕も妹も本当のことを知って、ほっとしたけど、でも哀しかった“と言わしている。最後に正しい「落ち」を示していることが分かる。
○ 最初の「隠れ鬼」に出てくる判子屋が出てきて、判子屋の母親を娘だと誤解している「朝代」に対し、“きみも……ありがと”と涙ぐむ判子屋の情景がいい。
○ “光ったり翳ったりしながら動いている世界”の中で“現実はもっと明るく光っていることを忘れてしまう。”ということを作者は言いたいのだろうと思うが、少し、技巧が入りすぎている描写ではある。

以上

0 件のコメント: