2012年11月7日水曜日

「鉄道公安官と呼ばれた男たち」  濱田研吾



                              
by Eiji.K

◇ 国鉄民営化まで存在した鉄道公安官の歴史ドキュメントのルポであるが、当然のこととして日本国有鉄道の歴史そのものと深くかかわることからJRの社史を読んでいるようで少し読みづらかった。

◇ 現在の交通移動手段の主体は自動車機関であるが、それ以前は鉄道が中心であり、鉄道の占める役割や利用頻度は非常に大きく必然的に犯罪が多発したことからそれを取り締まる鉄道公安官の役割は、身近な存在であった。子供のころは鉄道公安官と警察官は同一職業であると思っていた。

◇ 西部劇等でよく出てくる列車を襲う集団強盗が昭和23年頃に日本でもあったとは知らなかった。

◇ アメリカの圧力で鉄道公安官が拳銃を所持することが決まったが、運用で常時携帯することにならなかったのは日本人の矜持である。

◇ 鉄道公安官は国鉄マンとしてのサービス活動業務と犯罪に対する防犯業務を兼務する立場の葛藤があり苦労されたことはよくわかる。特に、労働組合の取り締まりの立場で職場の仲間から疎んじられたことは共感できる。

◇ 表題にもあるとおり鉄道公安官は男の仕事であったことが分かるが、女性の鉄道公安官もいたと思われるので、どのような役割分担であったのかの記述が欠落しているのではないか。

◇ 一昔前は“キセル”行為は日常での話題となる軽犯罪であったが、SUICA、PASUMOの出現によりできなくなっている。ITにより犯罪が撲滅できた好事例ではないか。

◇ スリについても、近郊電車の状況は以前と同様であるが、遠距離旅行は、ほとんど新幹線利用であり、セパレートされた指定席では従来のスリ行為は実施しにくいのではないか。車両構造の進展も犯罪防止に直結すると思う。

2012年10月3日水曜日

「舟を編む」   三浦しをん


 『舟を編む』   著者:三浦しをん
                                           2012年10月3日(水)
by Eiji.K


◇ 舟を編む=辞書は「言葉」という希望を乗せた舟

◇ 15年間かけて一つの辞書を作っていくという正に職人・芸術家のような仕事を携わる人たちの感情を拾い集め、一つのことに没頭できる情熱のすごさみたいなものは感じられる作品である。

◇ 現代では、即、成果を求める仕事がほとんどであり、上記のような長期間に渡り緻密に継続することが求められる仕事はほとんどないことから逆に新鮮さを感じるのだろうと思う。

◇ 辞書の持っている意義というものに関心がなかったが、辞書作りは、余りに変遷・変化する日本文化を言葉という土台部分で守っていく防波堤のような役割があることを知ることができた。

◇ 2012年本屋大賞 第1位、キノベス(紀伊国屋ベストブックス2012)第1 

 位の作品であり期待して読んだが、登場人物が善人ばかりで、また、辞書作りの具体的な葛藤やもっとドロドロしたところが出されていない気がして当方にはあまり面白くなかった。

◇ 家に岩波書店の「広辞苑」があるが、利用することは殆どない。もっぱらインターネットの辞書を検索することで事足りている。辞書は厚すぎ・重たすぎ、活用例が古文からの引用例が多く、時代錯誤の感がある。ただし、インターネットの元は辞書となっているが。

◇ この本の装丁色が藍色であり、シックな感じがしてよい。
 また、本カバーの下にあるイラストマンガが登場人物をよくあらわしている。

◇ 2013年春公開予定で映画化(馬締光也=松田龍平、香具矢=宮崎あおい)が直ぐに決定されたのは話題作であり、文芸作品として期待されたのだろう。

2012年9月14日金曜日

「母(オモニ) 」  姜尚中(かんさんじゅん)


                                              平成24年9月5日(水)
by Eiji.K

◇ 戦後直後の全てが破壊され、なにもなくただ食べるだけの混乱期に、“在日”
  という更なるハンデを負った家族の物語は、その時代を知っている者でしか分からない「貧しさ」の実態がよく表現されていると思う。

◇ 個人的には、昭和20年代に住んでいた近所に「屑屋」を職業にしていた子だくさんの家族があり生活苦の状況を思い出す。

◇ 映画「三丁目の夕日」にあるように日本が高度成長期になっていく明るさや懐かしさがノスタルジーとして見直されているが、虐げられた底辺にあった人達の貧困は当事者にとっては相当に過酷な生活であったと思う。

◇ 自伝的小説であるこの本は、両親、特に母親の逞しさが素晴らしく、字が書けないためにテープで思いを伝えた逸話が感動的である。

◇ 先祖や親族に対するきずなの深さと宗教的な儀式への実態がよく出てくるが、歴史的に韓国では身近な人の死に対する慟哭等は風俗となっており、普遍的である。あのように感情的になるのは儒教などの影響があるのだろうか。韓国の歴史ドラマでもよく出てくるシーンである。

◇ 両親の民族性と自分の住んでいる国・故郷との葛藤については、今までにアメリカにおける戦前からの移民(1世)と日本への従軍(2世)問題や日本へ強制移住された(1世)とその子供たち(2世)の在日問題、更に朝鮮での北と南の分断への対立など当事者たちの苦悩は体験しないと分からない大きな問題であると思われる。

◇ 梁石白(ヤンソギル)の小説にそれらは詳しい。

◇ 現在、我々は上記ような苦悩を体験しなくてよい境遇にあるが、中東・アフリカ等での移民発生や民族間の戦争が常に発生している世界情勢の中で、そのようにならない努力を日本の先人たちがしてきた結果である。今後もいかに継続していけるかが現在の我々の責務であるといえる。   以上

「ことば遊びの楽しみ」 阿刀田高



                                              平成24年8月1日(水)
by Eiji.K

◇ “ことば遊び”は、一面では日本文化の繊細さ・奥ゆかしさの象徴であると思われる。

◇ 一方、一般論でいうと、文化とは世界の中でその地域しか通用しない特殊な環境・状態をさすことであると言われている。
   特に、最近のグローバリゼーションといわれる効率性を重んじる均一化の波が世界の主流となっている中では、日本文化の特殊性を保持・継続していくことが難しくなっている。そのような現状では“ことば遊び”はますますその存在が難しくなっている。

◇ “ことば遊び”は様々な側面を持っているが、基本的には日本語を読む・書く・話すことが前提となる。しかしながら、現代の我々は、一昔前より、読むこと→テレビ等から聞かされることになり、書くこと→パソコンで打つことになり、話すこと→電話やメールで伝えること等に大きく変化している。そしてこの傾向は、今後も拡大方向にあると思われる。
特に、ITの進展とともに更にこの方向は強まると思われる。

◇ 残念ながら、日本語の方言などは、数世紀の間にすべて標準語に取って代わられることになると思われる。

◇ キーボードで漢字変換している限り、漢字のもつ構造や表音文字の奥深さ等は忘れ去られることになるだろう。

◇ あらゆる情報が氾濫し、過多となっている時代では、情報の選択・振り分けが重要なテーマであり、“ことば遊び”する余裕は生じない気がする。

◇ 以上のように“ことば遊び”=日本文化は衰退傾向にあるのではないかと思うが、世界を席巻しているグローバリゼーションが今後、限界に達し、全体の効率性より個々の尊重を重んじるような時代になれば見直し・復権はあるかもしれない。


by T.I
 

ことば遊びの形態を示し、その遊び方を楽しみ方を説明して、日本語を大切にしたいとの作者の願いと愛情がにじみ出ている本である。
日本語は音が数が少ないのが特徴で、そこを特徴にした遊び、駄洒落などが面白い。
1.同音異義語・・・貴社の記者、汽車で帰社した
          「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」
2.段駄羅・・・「甘党は 羊羹が得手 よう考えて 石を置く」(第2句がしゃれ)
3.掛けことば・・・「花の色は移りにけりないたずらに わが身よにふるながめせしまに」小野小町
4.比喩・・・お盆のような月
5.しりとり・・・犬棒かるた「花より団子」
6.数え歌・・・一番初めは一ノ宮・・・ 、別れの数え歌(加藤登紀子)
7.小倉百人一首と落語・・・「千早振る」
8.一行目で分かる名作・・・「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」雪国
9.漢字遊び・・・木へんの漢字、魚へんの漢字、漢字の国名、
10.     漢字の分解・・・櫻-二貝(階)の女が木(気)にかかる、女の無口は始めだけ
11.     なぞ(語源は何ぞ)・・・三段なぞ「日記とかけて明智光秀と解く、こころは三日で終わる」
12.     無駄口・・・何か用か九日十日、驚き桃の木山椒の木、おそれいりやの鬼子母神
13.     回文・・竹やぶ焼けた、ダンスがすんだ、(新聞紙)
14.     倒言・・・てぶくろ巡査の反対は? 三十六ぶて
15.     アナグラム・・・silent →listen、(泡坂妻夫 本名は厚川昌男)
16.     いろは歌は文化遺産だ、いろは歌の謎(柿本人麻呂)
    「色は匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 
浅き夢見じ酔ひもせず ん」
17.     早口と舌もじり・・・となりの客はよく柿食う客だ、なま麦なま米なま卵
18.     長ぜりふ・・・ズイズイズッコロ橋、ごまみそズイ
19.     畳語(畳文)・・・すもももももももものうち
20.     悪魔の辞典(アンブローズ・ビアス)・・・平和 - 国際関係について、
二つの戦争の期間の間に介在するだましあいの時期を指して言う
21.     国語笑辞典(郡司利男)・・・愛妻家 - 釣った魚に餌をやる男
22.     折り句・・・伊勢物語 在原業平
ら衣つつなれにしましあればるばるきぬるびをしぞ思う
23.     繰り返し・・・伝言を伝える、享年八十歳、馬から落ちて落馬して
24.     記憶術・・・√2=ひとよひとよにひとみごろ、1192年=いい国創ろう鎌倉幕府


以上

2012年7月17日火曜日

「新しいローカリズム」  三菱総研編

2050年 地方を直撃する人口減社会
地域はどう対応するのかとの問題意識で編集された本である。
以下自分が参考になった点をいくつか紹介する。

*特徴を生かした数多くの地方が出現し、自立・持続することが日本を元気にする。

1.地域経済を活性化するための戦略
(1)地域の歴史文化資源を活用し、域外からの収入で稼ぐ
(2)自分たちの生活ニーズを自分たちで満たす
(3)地域を支え引っ張る人材の育成

2.農業は世界の成長産業だ
高付加価値化を目指す農業 6次産業化(1次×2次×3次産業)
地産地消・自給自足の農業(食とエネルギーのネットワーク、スマートグリッド)

3.実感派の若者が田舎の未来を明るくする
半農半Xを実現できる若者の育成(X=音楽、デザイン、執筆など自立できる職業)
自分の実感に基づいて動ける人



2012年7月10日火曜日

「まちの幸福論」 -コミュニティデザインから考える- 山崎亮

2012年7月10日
by tora

まちづくりを手掛けている筆者が語る、デザイン手法
自分のまちにあうヒントが見つかる本と思う。

若い人が集落へ戻る条件  from Hem21 アンケート調査
1.働く場所がある
2.子どもの教育や子育てに良いこと
3.生活関連施設の利便性が高いこと

ワークショップにおける幅広い意見で将来をデザインする。
・でた意見を批判しないで、「Yes,and」と応ずるコミュニケーション
・判断しない、質より量、笑いと奇抜さ、相乗り・横取り大歓迎  で行う。
・アイデアに説得力を持たせる。→現地調査
・思考は提案型に (調査を目的にしない)
・デザイン思考

*積極的な生き方が「幸運な偶然」を呼び込む
*課題を乗り越える原動力は、主体となったメンバー全員がまとまる力

*人と人とのつながりが機能するまちのくらし
→住民の「やりたいこと」「できること」「もとめられること」組み合わさって実行されること。

NG →「できること」を他者にゆだねる。
→「求められること」を拒否する。
→「やりたいこと」だけに時間と労力を費やす

*まちづくりの原点は「このまちは自分たちのものだ」という覚悟

*バックキャスティング:夢から逆算する生き方
*シナリオプランニング:4つのケースをゆるやかに考えることが重要

以上

「夜想曲集」   カズオ・イシグロ



平成2474()
by Eiji.K

[老歌手]
◇ 大物老歌手がカムバックする時、例外なく若い妻と再婚しているとのこと      で27年間続いた結婚生活を解消するとの男の決断とまだ若く次の結婚ができるために出ていくという女の判断が書かれているが、両者とも日本人としては理解しがたい。
◇ 女性が結婚を契機にステップアップさせていく実例として、マリリン、リズ、ジャックリーヌ・オナシス等を連想させられる。 

[降っても晴れても]
◇ 少し会話がドタバタであるが、夫婦離婚の危機原因として、妻から“あなたは頂上まで行ける人、あなたには才能があるもの”といわれ続けた夫が、年を取って“自分を見限っていると思い込んでいる”と妻から思われている夫の立場には同情できる。

[モールバンヒルズ]
◇ 人の感情の機微、繊細さを表現することにこの作家の才能を感じる。

[夜想曲]
◇ ミュージシャンの才能が世間の評価と必ずしも一致しないということは現実の世界ではよくあることである。才能とともに、その人の性格・人間性などが世間の評価には大きく影響するのではないかと思う。
◇ ホテルの隣人のリンディー・ガードナーは初めの[老歌手]の奥さんに出ている。

[チェリスト]
◇ 音楽家としての才能を発展させ、開花させることは非常に難しいことが分かる。特に、音楽で自分の生活できるようになることができるのはほんの一部の人に限られている。
◇ アメリカ人のエロイーズはピーターと結婚するが、彼女のチェリストとしての開花は可能なのだろうか。




by Etsuko.S



夜想曲集 カズオ・イシグロ著 2009年


カズオ・イシグロ


イギリス人作家 ロンドン在住


1954年、長崎県で生まれる。
5歳の時、海洋学者の父の北海油田調査に伴いイギリスに移住
学生時代に北米旅行や音楽活動を行い、ミュージシャン志望
1978年ケント大英文科卒、1980年イーストアングリア大大学院創作学科卒


1982年28歳のとき、イギリスに帰化。
1982年処女作「女たちの遠い夏」TIJ行 王立文学協会賞受賞
1989年「日の名残り」でイギジス最高の文学賞ブジカー賞受賞


(イギリスの上流社会の執事の誇りを描いた作品)
1995年大英帝国勲章(オフィサー)
1998年フランス芸術文化勲章


イギリスでの高い評価に、自身は「移民の流入により、イギリス社会が大きく変動し
ている中で、マイノジティーに属しながら、伝統的な英文学の要素を基にする作品を描
いたのが、多民族主義への回答となりえたのか」と回答している。
谷崎潤一部は勉強したが、小津安二郎や成瀬巳喜男の映画の影響を受けている。
現在、日本語は話すことはできないとのこと。


「夜想曲集J


音楽とたそがれをテーマにしているように思われる。若い頃のこうなりたいという夢
や瞳れを音楽で象徴とし、また、たそがれは、夜にはなつていないがそう長く続かない
時間c人生の中盤以降をイメージする。また、才能の発揮や才能の限界、うまくいかな
いことのほうが多い現実を描いている。


登場人物は、若い頃は活気に満ち、楽観的に過ごしていたが、年を重ねるうち、いつ
まで可能性を夢見ながら生きられるのだろうかという疑間を持つようになる。


現代は社会も変わり、人生をやり直すのに遅すぎることはないという風離が広がって
いるようにも思われると気がついたらやり直せ、人はいつからでも変わることができる
というメッセージを出しているが、それは決断の日を先送りし、自分の夢をいつまでも
育んでいられる環境となっている。でもそれは自分をあざむいていることでもある。













2012年6月7日木曜日

「自分の木」の下で  大江健三郎


                                        2012年年6月6日(水)
by Eiji.K

◇ 大江健三郎の本は読みにくい。
文章は平易であり哲学的な表現ではなくやさしいのだが、内容が濃いのか思考方法が異なるのか、難しく感じてしまう。したがって、興に乗って一気に読むということができなく、読むことがしんどくなった本である。

◇ 感想も同様に小説での表現が理念的で、根源的な内容(ある意味であたりまえなことを言っている。)であることから、感想しにくい。

◇ 多くの作家は幼少時代の些細なことをよく表現しているが、どうして子供の時のことを詳細に覚えているのかと思う。創作した部分が多いのだろうか。

◇ 子供達に殺人と自殺をさせないこと。このような暴力を子供たちにふるわせない、子供自身もそれをふるわないと決意することが人間の「原則」であるといっている。そして、その「原則」に沿って様々な活動(国連・自衛隊最近は反原発等)の基本としていることは一面共感できる。

◇ 印象的な部分
・洪水で家ごと流されていた少女が、橋の欄干に激突する寸前に飛び移る光景を子供の時に体験し、生きるための選択を一人でできるようになりたいと思ったこと。
・我慢をして読む本があり、それを電車であえて時間つぶしに読む習慣を持つこと。(サラリーマン時代の読書習慣として読みだした本は最後まで読むことにしていたが、それが可能であったのは通勤時間という我慢をする時間があったからできたことが分かった。今の境遇では面白いものしか読まなくなっている。)
・同郷の伊丹十三とは深いつながりがあったことが“取り返しのつかないことは(子供には)ない”にでている。

以上

2012年3月7日水曜日

「海にはワニがいる」  ファビオ・ジェーダ


                                2012年3月7日
by Eiji.K

1.世界には“難民”と呼ばれる人々が何百万人いるといわれているが、その実態については、特に、難民を経験したことがない日本人には理解の外の出来事であるが、この本を読むと難民の実情・現状について少しの理解ができると思う。
2.このような経験をしなくて済む日本の安定した基本的人権(人間らしい生活・教育・仕事ができること。)が守られている社会に感謝しなければならないのだろう。
3.敗戦後の混乱期は、これと似た状況があったと思われるが、そうはいっても同一民族の国では、その期間は数年間であったはずであり、アフガニスタンのような国ではその混乱が数十年続いていることそのものが理解の範囲を超えていることになる。
4.エヌヤット少年が生き延びることができたのは、彼の誠実さ、探究心、向上心、優しさ等彼の素質によるところが結果的に他の人の援助・手助けを招くことになり、また、生き伸びられる原因なのだと思う。
5.やはり、アフガニスタンのような国にならないようにするために事前に諸問題・課題を国民として解決していくことの積み重ねがその民族の知恵であり、もっとも留意すべきことなのだろう。
6.我が国は長い歴史があり、民族としての尽力・努力の結果があることがこのような国にならなかったのではないか。
7.エヌヤット少年を理解でき、感動することと、難民を我が国で受け入れるべきかは、別の次元の話である。ギリシャでのオリンピック開催に伴う建設作業に難民が多数かかわった話があったが、不法難民が産業の一角を占めるようなことは、難民の社会保障や教育・年金・雇用問題等社会に対する影響は大きい。日本は、島国で難民が来にくい点や同一民族の歴史が長い点もあり、日本の方針であるODA等による人道支援などにより、そもそもの世界の中で難民発生を起こさせない進め方をとることが望ましいと思う。
8.逃避行の過酷さ(26日間の冬山越え(77人中12人の死亡)、トレーラーの二重底に閉じ込められた3日間、ゴムボートでの海峡渡航)等の難行を実施することは日本人には到底不可能であり、そのような境遇にない現状を感謝すべきなのだろう。
9.その他
・アフガニスタンにいるタリバンは多国籍の集団であることが書かれており、必ずしもアフガニスタン人の集団ではないことが分かる。
・他国における警官の他民族に対する暴力・収奪の実態はよく報道されているが、エヌヤット少年がイランを出る理由はよくわかる。(2度の強制送還)

以上

2012年2月1日水曜日

「写真で読む昭和史 占領下の日本」 水島吉隆


写真で読む昭和史「占領下の日本」(水島吉隆)
平成2421()
by Eiji.K

◇ 今まで断片的であった歴史史実がこの本では、写真を媒体に時系列・項目別に整理されており、わかりやすく、再確認することができた。

◇ 掲載されている内容が網羅的であるが、個々に見ると貴重な歴史事実がたくさんあり、ドキュメンタリーや小説の題材になれるものが多い。
たとえば、ページ17の降伏文書の署名が1行ずれていたことに対し、日本の該当官僚が訂正を求め、修正がなされた事実があり、歴史の機微や面白さが感じられる。

◇ 個別史実として感じたこと。
 ○ 特殊慰安婦施設の創設(1945818日)
 日本の中世からの歴史では、特に地方の田舎において、優秀な血筋を確保するため、その地を訪れた旅人の接待を夜伽として歓待する風習があり、日本人のもてなしの変形として認められてきた経緯がある。同一意識下にあったのかは不明であるが。

○ 脱脂粉乳の思いで
戦後の学校給食で不味かった思い出の味は脱脂粉乳である。食事の洋風化を子供たちに慣れさせ、アメリカの農産物の輸入先として市場開拓された食糧戦略の犠牲にあったのではないかと思う。

○ ページ188 支配者に同調する日本人の民族性
日本人は常に支配者を求めていたとの歴史的事実は、存在していたと思われる。武家時代の殿様・藩主、明治以降の天皇は絶対君主であり、カリスマであった。それがマッカーサーにとってかわったとの指摘はうなずける。
 では、現代ではどうかと考えると、現世での最高権力者は内閣総理大臣であると思うが、最近のように頻繁に変わるようではカリスマにはなりにくい。大阪での橋下徹市長の人気はそのような表れであるのか。
 現代人の救世主を求める傾向はいまでも面々として継続しているのではないか。                        以上

2012年1月12日木曜日

「風の盆幻想」   内田康夫


                                2012年1月12日
                                by おひつじ座

定番となっている、観光地で起こる事件を追って、浅見光彦が活躍する推理小説。風光明媚な観光地、史跡のある観光地と違って「おわり風の盆」という祭りを主題に置いた物語。推理の仕掛けは、現実にはありそうもないものだが、それでも良しと言える人間模様と地域の遺産があった。
いつもの水戸黄門的な「このお方は誰だと思召す」はなかったが、小説家本人を登場させて、現実と仮想をないまぜにした得意パターンの話であった。
良かったのは「おわら風の盆」の踊りの素晴らしさが伝わってきて、見に行きたいと思わせたところである。その歴史的な背景に触れ、地域に密着した伝統の大切さ、守る住民の気持ちがうかがえる。
古きものに新しい息吹を持ち込むとき、利害が錯綜するときに現れやすい、路線対立を織り込んで、話を展開させる。これは真実なのか、作り事なのか、これも境界があいまいで現地で確かめたくなる話となっている。あとがきで平成の大合併の影響で町の名前が消えるなどの事象がおこり、困ったなど時代を感じさせる。
話はロミオとジュリエットを模した、若者の愛と親のメンツの戦いに、踊りの芸術性を巡る人間模様を組み合わせたもので、親の干渉が不幸を生む展開となっている。しかし、ひきつけられるのは踊りの表現、雰囲気である。特に二人が幻想の中で踊る情景は秀逸で、薄暗い霧に煙る森を背景に見てみたいと思った。ストーリーのロジカルより情緒を前面に出したもので、ハードではなくソフト遺産がテーマなのが伺える作品である。

2012年1月4日水曜日

「春の夢」    宮本輝


by Eiji.K

◇ 読むのは2度目であるが、以前読んだのが2030年前のことなので、蜥蜴のこと以外は全く内容を忘れていた。

◇ 昔は宮本輝は好きな作家であり、かなりの数の本を読んでいる。しかしながら、最近は感じるところや共鳴するところが少なくなり、この作家の最盛期は終わったのではないかと思い、ほとんど読んでいなかった。

◇ 読み返してみて、この本が初期の作品であり、みずみずしさやある種の輝きを感じ、好きな作家であったことを思い出すことができた。

◇ 特に、陽子の描写が良く、理想的な若い女性像であり、作者の女性を描く力量を感じる。

◇ 描かれているサラリーマン社会(小さなホテル業界)の派閥抗争も現実味があり面白かった。

◇ 宮本輝という作家について
  ○ 以下の受賞が示すように作家として成功した境遇にあるためか、青春小説や心情の機微を描くことが難しくなっているのではと思う。
  • 1977(昭和52年) - 『泥の河』で第13回太宰治賞
  • 1978(昭和53年) - 『螢川』で第78回芥川賞
  • 1987(昭和62年) - 『優駿』で第21回吉川英治文学賞
  • 2004(平成16年) - 『約束の冬』で第54回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門
  • 2010(平成22年) - 『骸骨ビルの庭』で第13回司馬遼太郎賞
  • 2010(平成22年) -  秋の紫綬褒章


by T.I

苦境を乗り越えていく哲之と打算を乗り越えた陽子の恋愛ストーリーを軸に、作者が描いたものは?若い二人への共感と人間の生き様への警鐘と信頼か。

世の中不公平で、うまくいくことなど少ないかもしれないが、小説の中で描かれる勧善懲悪、楽観主義ストーリーの予感で、最後まで楽しく読めた。ちょっと説明過多ではあるが、夢を持って前へ進む勇気が出てくると感じた。

蜥蜴は何故登場したのか?何を象徴しているのか。絶望的な状況でも生きようとする人間を表している。目の前の餌を食べ、自分の体を自分の力で修復し、あきらめずに解放される時を待つ。それが生物の持つ本能なのか。

両親を事故で失い、自身も心臓病である磯貝は不幸を一身に背負っているように見えるが、病の原因を取り除かないと明日はないと決意し、手術をすることで前へ進もうとする。「なんで人間は生まれながらに差がついているんや。それにも原因があるはずや。」と生死がつながっていることを信じて。


莫大な財産を受け継いで、表面的には優雅に暮らす沢村千代乃は、幸せだったのだろうか?現世での悪行を意識していた千代乃は、財産を持っていけない死の世界への恐怖で、顔がゆがんだ。生きざまは死に顔に現れる。

自殺するために日本に来たドイツ人ラング夫妻は、息子に自分の夢を託し、それが息子を苦しめることになり、それを悔いている。これはありがちな話で、警鐘的に描いている。手紙にあった「二つの翼と一つの鏡を持っている。翼は二つで一つの役割、鏡は裏表がある。これに気が付かないと地に落ちる」これをどう理解するのか、二つの翼は自分と他人、鏡は生と死と解釈するのか?

哲之のアルバイト先のホテルを舞台にした権力争いとその結末は、人間社会の一面を描いている。争いの中に、悲しい人間の性質を垣間見せながら、他人を自分のために利用した人の敗北を見せて、人間社会に信頼を置いている。

生死は繰り返す、生きざまを背負って死に向かう。