2012年1月12日木曜日

「風の盆幻想」   内田康夫


                                2012年1月12日
                                by おひつじ座

定番となっている、観光地で起こる事件を追って、浅見光彦が活躍する推理小説。風光明媚な観光地、史跡のある観光地と違って「おわり風の盆」という祭りを主題に置いた物語。推理の仕掛けは、現実にはありそうもないものだが、それでも良しと言える人間模様と地域の遺産があった。
いつもの水戸黄門的な「このお方は誰だと思召す」はなかったが、小説家本人を登場させて、現実と仮想をないまぜにした得意パターンの話であった。
良かったのは「おわら風の盆」の踊りの素晴らしさが伝わってきて、見に行きたいと思わせたところである。その歴史的な背景に触れ、地域に密着した伝統の大切さ、守る住民の気持ちがうかがえる。
古きものに新しい息吹を持ち込むとき、利害が錯綜するときに現れやすい、路線対立を織り込んで、話を展開させる。これは真実なのか、作り事なのか、これも境界があいまいで現地で確かめたくなる話となっている。あとがきで平成の大合併の影響で町の名前が消えるなどの事象がおこり、困ったなど時代を感じさせる。
話はロミオとジュリエットを模した、若者の愛と親のメンツの戦いに、踊りの芸術性を巡る人間模様を組み合わせたもので、親の干渉が不幸を生む展開となっている。しかし、ひきつけられるのは踊りの表現、雰囲気である。特に二人が幻想の中で踊る情景は秀逸で、薄暗い霧に煙る森を背景に見てみたいと思った。ストーリーのロジカルより情緒を前面に出したもので、ハードではなくソフト遺産がテーマなのが伺える作品である。

2012年1月4日水曜日

「春の夢」    宮本輝


by Eiji.K

◇ 読むのは2度目であるが、以前読んだのが2030年前のことなので、蜥蜴のこと以外は全く内容を忘れていた。

◇ 昔は宮本輝は好きな作家であり、かなりの数の本を読んでいる。しかしながら、最近は感じるところや共鳴するところが少なくなり、この作家の最盛期は終わったのではないかと思い、ほとんど読んでいなかった。

◇ 読み返してみて、この本が初期の作品であり、みずみずしさやある種の輝きを感じ、好きな作家であったことを思い出すことができた。

◇ 特に、陽子の描写が良く、理想的な若い女性像であり、作者の女性を描く力量を感じる。

◇ 描かれているサラリーマン社会(小さなホテル業界)の派閥抗争も現実味があり面白かった。

◇ 宮本輝という作家について
  ○ 以下の受賞が示すように作家として成功した境遇にあるためか、青春小説や心情の機微を描くことが難しくなっているのではと思う。
  • 1977(昭和52年) - 『泥の河』で第13回太宰治賞
  • 1978(昭和53年) - 『螢川』で第78回芥川賞
  • 1987(昭和62年) - 『優駿』で第21回吉川英治文学賞
  • 2004(平成16年) - 『約束の冬』で第54回芸術選奨文部科学大臣賞文学部門
  • 2010(平成22年) - 『骸骨ビルの庭』で第13回司馬遼太郎賞
  • 2010(平成22年) -  秋の紫綬褒章


by T.I

苦境を乗り越えていく哲之と打算を乗り越えた陽子の恋愛ストーリーを軸に、作者が描いたものは?若い二人への共感と人間の生き様への警鐘と信頼か。

世の中不公平で、うまくいくことなど少ないかもしれないが、小説の中で描かれる勧善懲悪、楽観主義ストーリーの予感で、最後まで楽しく読めた。ちょっと説明過多ではあるが、夢を持って前へ進む勇気が出てくると感じた。

蜥蜴は何故登場したのか?何を象徴しているのか。絶望的な状況でも生きようとする人間を表している。目の前の餌を食べ、自分の体を自分の力で修復し、あきらめずに解放される時を待つ。それが生物の持つ本能なのか。

両親を事故で失い、自身も心臓病である磯貝は不幸を一身に背負っているように見えるが、病の原因を取り除かないと明日はないと決意し、手術をすることで前へ進もうとする。「なんで人間は生まれながらに差がついているんや。それにも原因があるはずや。」と生死がつながっていることを信じて。


莫大な財産を受け継いで、表面的には優雅に暮らす沢村千代乃は、幸せだったのだろうか?現世での悪行を意識していた千代乃は、財産を持っていけない死の世界への恐怖で、顔がゆがんだ。生きざまは死に顔に現れる。

自殺するために日本に来たドイツ人ラング夫妻は、息子に自分の夢を託し、それが息子を苦しめることになり、それを悔いている。これはありがちな話で、警鐘的に描いている。手紙にあった「二つの翼と一つの鏡を持っている。翼は二つで一つの役割、鏡は裏表がある。これに気が付かないと地に落ちる」これをどう理解するのか、二つの翼は自分と他人、鏡は生と死と解釈するのか?

哲之のアルバイト先のホテルを舞台にした権力争いとその結末は、人間社会の一面を描いている。争いの中に、悲しい人間の性質を垣間見せながら、他人を自分のために利用した人の敗北を見せて、人間社会に信頼を置いている。

生死は繰り返す、生きざまを背負って死に向かう。