2008年9月8日月曜日

「時の滲む朝」 

「じもとのneco読書会」(2008年9月3日)
第139回芥川賞受賞作 「時が滲む朝」 楊 逸 (『文藝春秋』2008年9月号)
ナビゲーター:大木壯次

<特徴>①1989年に起きた天安門事件に中国の民主化を目指して本気で関わった二人
の青年の挫折とその後の生きざま・心情を中心に描いている。
②1987年に来日した、日本在住の中国人女性の日本語による作品である。
(日本語以外の言葉を母語とする作家が芥川賞を受賞するのは初めて)
③②と関係があるが、日本語として変な表現がやや目につく。
<あらすじ>主人公・梁浩遠と親友の謝志強は成績優秀な親友同士だった。二人は著名な革命家、学者、文化人を輩出した伝統のある大学に入学できたが、尊敬する三十代の若手教授・甘凌洲を指導者とする民主化運動に本気で参加する。学生を実質的にリードしているのは女子学生の白英露。浩遠と志強は彼女に恋をしてしまう。
集会、デモ行進、市政府前広場での座り込み、天安門広場でのデモなどに明暮れているうちに、装甲部隊が天安門広場に突入する事件が起きる。大学に戻った浩遠と志強は近くの小料理屋で、憂さ晴らしの酒を飲んでいるうちに同席した男たちと口論となり、傷害事件を起こし、退学処分となる。
その後、浩遠は中国残留孤児の娘・梅と結婚し、日本へ来る。彼はアルバイトをしながら中国民主同志会日本支局の一員となり、2008年の夏季オリンピック開催地に中国が選ばれることに反対の署名を集めることなどに奔走する。
一方、志強は中国でTシャツへのプリントなどをする工房の経営に取り組み、一緒に働くデザイナーと結婚して、家庭を築く。
2000年の年末、海外に単身亡命していた甘先生が日本に立ち寄り、一泊して翌朝の飛行機で北京に帰ることになった。11年振りに会った先生は白英露と幼い男の子を連れていた。彼女はフランスの商社マンと結婚し、その子を産んだが、離婚。先生とは同棲関係である。先生夫人は過労とストレスで前年死亡。彼は大学生の息子から「妻も息子も顧みることが出来ない、そんな人は国を愛せるのだろうか。これは僕からの最後の手紙です」という手紙を受取っていた。
空港の見送りデッキで二人の子供の父でもある浩遠は中国に向かって飛び立つ飛行機の行き先を「パパのふるさと? ふるさとって何?」と聞く幼い子供に答えて言う。
「ふるさとはね、自分の生まれる、そして死ぬところです。お父さんやお母さんや兄弟のいる、暖かい家ですよ」
「じゃ、たっくんのふるさとは日本だね」
(「たっくん」は幼い子供・民生の呼び名)
浩遠は「もう帰りましょうか」と言って微笑んだ。          以上