2018年12月5日水曜日

「いっぽん桜」 山本一力

2018/12/5
By Eiji.K

[いっぽん桜]
◇ 話の題材はサラリーマン管理職の早期退職時の状況と同じで、江戸時代と現代での相違はないことが連想される。
◇ 特に長く勤め上げた管理職であった人が感じる定年後の激変する生活環境の変化に戸惑い、うろたえる場面は300年たっても今も昔も同じであることが新鮮に感じる。
◇ また、サラリーマン社会における上司との対応場面や、競合企業との関係なども時代が変わっていても基本的に同一であることも共感できた。

[萩ゆれて]
◇ 作者は、兵庫が武士を捨てた理由として、父親のこともあるが、“城勤めの武家は、作法通り前例踏襲を重んじ、変化や精気とは無縁な生き方を強いられる。その結果、仲間を恐れ、妬み、時には追従笑いもする。”と書いている。
  役人の官僚主義は、奈良時代に中国から輸入された政治制度によるといわれているが、江戸時代に確立され、明治時代以降も継続されて現代にまで引き継がれている。一方の漁師は、海を相手の命懸けの仕事で、仲間を信じ、助け合いながら生活する営みであり、兵庫が選択する理由はよくわかる。

[そこに、すいかずら]
◇ 日本は地震、噴火、台風等の自然災害が多い国であるが、都市における大火も大変であったことがよくわかる。(寛永寺の根本中堂、常盤屋の2度の焼失等)
◇ こうした事象は日本人に諦観、諦め、無常観等の気質を培ってきたとともに、一方で繊細さ、奥ゆかしさ、思いやり等の美徳につながったのだろうと思う。
◇ 特に、ヨーロッパの何百年もつづく石造りの家に住む環境にある人たちとの風土の違いを感じる。
 
[芒種のあさがお]
◇ 嫁ぎ先と異なる生活環境で育ってきたおなつが、姑の仕打ちに戸惑うのは江戸時
代の家という社会制度の中では避けられないが、現代の個人を尊重する社会では家制度から家族単位になっているので問題にはなっていない。
◇ 今後、さらに個人主義が進むと結果的に離婚率を押し上げ、家族単位さえも維持することができるのだろうかと思う。
◇ 人口の急激な増加と経済の発展で人の依って立つ基盤が大きく変わっていくが、
  この先はどうなるのだろうか。

2018年7月4日水曜日

「すてきな詩をどうぞ」 川崎洋

2018/7/4
By Eiji.K

◇ 当方にとって、詩を読む力がなく、詩は理解不能の分野であったが、この本を読んでその理由の一端が分かったような気がする。

◇ 理由は次の3点である。
 <1点目>
  最後に出てくる井伏鱒二の「歳末閑居」の内容は、解説にあるとおり、この詩が書かれた時代背景、作者の心境、境遇等が分からないと詩に書かれた内容を理解することはできないことが分かる。言い換えれば、その詩を分かるためにはその作者(詩人)の考え方、思想、感情、生い立ち、状況等を把握する必要があり、もっと言えばその作者(詩人)の他の作品も読んでいないと正確な理解を得ることはできないと思われること。
 <2点目>
  読者は、その作品が書かれたその時、その場の作者の感情を感じ取ることが求められるが、それは同じ感情移入を求められるような感覚になり、むしろ反発を感じることにもなる。感情移入を強制されるような気分になること。(考えすぎか。?)
 <3点目>
  数行か数十行で何かを表現することの限界を感じること。
  俳句や短歌はもっと短いのでさらに難しいことを感じる。

◇ 読書会で昨年1月に読んだ「木を植えた人」(ジャン・ジオン)の寓話は、あのぐらいの量の散文であれば、中に入っていけるし、また、分野は違うが、宮崎駿のアニメ作品や一昨年の映画「君の名は」のような数時間の間、視覚でみるロマン作品等は感情移入が可能である。
しかしながら、詩を読むことは、上記に書いたようにその背景を理解することが必要であり、詩を読む技術を習得することは私にとって、かなり難しいと思われる。

2018年6月6日水曜日

「おらおらでひとりいぐも」 若竹千佐子

2018/6/6
By Eiji.K

◇ 桃子さんの心境は、実際に体験したものでないと書けない、つまり若い人には書くことができないものだろうということを感じた。そういう意味で今後の高齢化時代に合致した現在の時代が要求している題材であり、広く世間に支持されるだろう小説である。

◇ 桃子さんは74才であり、一般的には人生の坂を駆け下りていく年齢であり、今後は「残りの人生」、「余分の生き残り」というネガティブなイメージがあるが、それを払しょくする精神的にタフで前向きな姿勢に圧倒され、ある種理想的な老人を描いていると思う。

◇ 桃子さんは作者の分身であり、作者の夫の死は悲しみだけではなく、そこに豊穣があると言っているがこのことが小説のテーマであり、作者の言いたいことだろうと思う。

◇ 気になった文章表現
 ・ 娘に初めて老いを感じた。自分の老いは散々見慣れている。だども娘の老いは見たくない。
 ・ 自分より大事な子供などいない。
 ・ 自分のような人間、容易に人と打ち解けられず孤立した人間が、それでも何とか前を向いていられるのは、自分の心を友とする、心の発見があるからである。
   →前回の五木寛之の「孤独のすすめ」で“年を重ねるごとに孤独に強くなり、孤独のすばらしさを知る。孤独を恐れず、孤独を楽しむのは、人生後半のすごく充実した生き方のひとつだと思うのです。”⇒老後の孤独をどう楽しむかが共通のポイントとなっている。
 ・ でいじなのは愛よりも自由だ。自立だ。いいかげん愛に膝まづくのは止めねばわがね。
   一に自由。三、四がなくて五に愛だ。それくらいのもんだ。
 ・ おだやかで従順な自分は着込んで慣れた鎧兜、その下に凶暴な獣を一匹飼っていた。猛々しいものを猛々しいままで認めてやれるなら、老いるという境地もそんなに悪くない。
 ・ 周造が亡くなってからの数年こそ自分が一番輝いていた時ではなかったのかと桃子さんは思う。平板な桃子さんの人生で一番つらく、悲しかったあのときが一番強く濃く色彩をなしている。
 ・ 子供を育て上げたし、亭主も見送ったし、もう桃子さんが世間から必要とされる役割はすべて終えた。これからは桃子さんの考える桃子さんのしきたりでいい。おらはおらに従う。
 ・ いつか桃子さんは人の期待を生きるようになっていた。結果としてこうあるべき、という外枠に寸分も違わずに生きてしまったような気がする。
 ・ 周造は惚れぬいた男だった。それでも周造の死に一点の喜びがあった。おらは独りで生きで見たかったのす。思い通りに我の力で生きで見たがった。それがおらだ。
 ・ まだ戦える。おらはこれがらの人だ。まだ、終わっていない。

2018年4月4日水曜日

「孤独のすすめ 」 五木寛之

2018/4/4
By Eiji.K

◇ 現在30万部超のベストセラーとなっている本である。

◇ 平易な文章で段落も短く、読みやすい。各フレーズに言わんとすることが様々なコンパクトとして出てくるが、結局、何を伝えたいのかが分かりにくい印象がある。

◇ そこで、当方が気になったフレーズを各章単位に列挙してみた。

はじめに 

〇 年を重ねるごとに孤独に強くなり、孤独のすばらしさを知る。孤独を恐れず、孤独を楽しむのは、人生後半のすごく充実した生き方のひとつだと思うのです。
  ※ 孤独を楽しむ生き方というのは、当方には理解しにくい。
〇 人生後半の過ごし方をメディアは、①ボランティア等他人と積極的なコミュニケーションをとる。②レクレーションを取り入れる。③運動する。④好奇心を持つ。といっているが、それができない人には残酷なことである。
→思い出を咀嚼したほうがよほどよい。つきせぬ喜びに満ちた生き生きとした時間である。
※ メディアの言っていることは理解でき、思い出を咀嚼するほうがよほどよいとは思わない。

第1章「老い」とは何ですか

〇 現代は、「低成長・高成塾」の時代である。
〇 何のために生きるのか。→「この世界がどう変わっていくのか見ていたい。」
  ※ 長寿を目指す理由として合点できる。
〇 今後の日本で起こる事は、「大量自然死の時代」になる。
  →必要とされるのは「死の哲学」
〇 「人生百年時代」に必要なこと。→「老人になっても他人に頼らずに生きる。」
   ・経済的な基盤を自力で築く
   ・健康
   ・精神の自立→死生観の確立、宗教の力
  ※ 宗教の力がどういうものか理解できない。
〇 高齢者世代は特権階級となっているような気がする。
  →若い世代等に高齢者が受け入れられるために
   ・「自立すること」…収入のある人は年金の返上などで社会に還元する。
   ・「選挙権の委譲」…政治を若い世代に全面的に任せる。
  ※ 年金の返上は現実的ではない。無理である。一定年齢以上の選挙権の委譲は賛成。
〇 将来の現実が酷く、道が険しかろうと、また、つまらなかろうとそうした運命と闘って生きていくのではなく、大きな運命を受容することは決して敗北ではない。
  →迷っている状態そのものが、生きていること。
〇 自然から切り離されてしまった現在は、人から「浮いてしまう」とか嫌われるといったことを過剰に恐れて暮らしている。
  →鳥や樹木や多くの自然と共生してきた日本・東洋は、昔から、たとえ人間社会から疎外されても今ほどの孤独感はなかったのではないか。
  ※ 日本人の自然観は歴史的に優れており、過去を咀嚼するよりは、自然とコミットすべき方法がたくさんあり、その点を強調してもよいのではと思う。
  

第2章 「下山」の醍醐味

〇 肉体の衰えを直視し、受け入れることが必要。
〇 50歳から75歳の「林住期」が人生の黄金期である。
  ※ 現在黄金期にいるという感じはある。

第3章 老人と回復力

〇 世の中に漂う「嫌老感」の原因は人口問題。
  ・高度成長期…10%以下の高齢化率
  ・現在…25% 将来は40%になる。
〇 高齢者数の増大、弱者ではない元気な老人が社会保障制度の恩恵をフルに享受する。
〇 高齢者世帯がお金を貯めこみ使わないから景気が良くならない。
  年金者が海外旅行や高級車を買えるのはおかしい。
→高齢者制度を支えているのは勤労者世代…結婚すら経済的にできにくくなっている。
※ 現在、嫌老感を感じないが、将来には出てくることは考えられるが、現行の社会保障制度は国の政策であり、批判は政治に向けられるのではないか。

第4章 「世代」から「階級」へ

〇 高齢者と下の世代は、世代間の対立から一種の「階級闘争」に発展するのでは。
〇 我が国の歴史上初めての「老人階級」が立ち現れた。
〇 対応策
 ・年金などで生活基盤を支えながらボランティアなど社会に役立つ仕事に励む。
 ・同じ老人階級の中で富むものと貧しい者間でパイを分け合う仕組みを作る。
  ※ 仕組みとして考えるのなら、老人が安心して過ごせ、貯金しなくてもよい社会制度ができれば若い世代も理解するのではないか。
〇 世の中の不安・不満の感情が憎悪となり「運動」として発展する可能性がある。(嫌老感)
  ※ 世の中の不安・不満は「世界の富の80%を1%の富裕層が独占している」という格差の拡大について向けられるのではないか。
〇 多神教的な思想こそ、日本が今後世界に寄与できる思想である。

第5章 なぜ不安になるのか

〇 現代人が漠然と不安を感じるのは、「今の日本には、確かな希望が見いだせない」という現実に尽きる。
〇 現実の不安を直視せず、「自分で考えたところで、仕方のないことだ」と諦めている状態
  →「心配停止」状態にある。

第6章 まず「気づく」こと

〇 「嫌老感」という社会的なサインに気づくことが必要。
〇 「日本の産業意識の転換」が必要で日本の産業・文化・国のあり方そのものを老人中心に考えてみる。また、高齢者も国力アップの推進力となってもらうことで日本経済を再生させる。
〇 完璧な補聴器、画期的な老眼矯正、入れ歯製作などの技術や文化を世界市場で売り出す新たな高齢者産業の創設
  ※ 上記製品化ができないのは、若い世代だけが研究している結果で老人の指導があればできるといっているが、疑問。
〇 嫌老社会から賢老社会へ
 ・「よりよい生き方」の最たるものは「社会貢献」のはず。働くことに生きがいを感じられるなら年齢制限なしにそうすべき。
 ・できるだけ社会保障の世話にならない覚悟で生きていく。
 ・百歳過ぎたら選挙権は下の世代に譲り、政は彼らに任せる。
〇 以上の自立した老人が生き生きと暮らす世の中を「賢老社会」という。
  老人として「敬われる」前に一個の自立した人間として「評価」される存在になりたい。
  ※ 大賛成




2018年1月17日水曜日

「アイネクライネナハトムジーク 」 伊坂 幸太郎

2018/1/17
By Eiji.K

◇ 平成15年にこの作家の「オーデュボンの祈り」を読んだときの私の読書感想文に「あまりのつまならさに途中で読むことを止めた」とある。
本を読むことを途中で止めることはほとんどなく、この作家を読む対象作家から外してきたという過去の経過がある。しかしながら、今回、読書会の推薦本であったので読まざるを得なく読んだ。

◇ この作家は過去に本屋大賞、山本周五郎賞等受賞歴も多く、現代の人気作家として知られているが、当方の印象としてライトノベルという感じがする。
  (ライトノベルの定義は、10代から20代の読者を想定した、娯楽性の高い小説。会話文を多用するなどして、気軽に読める内容のもの。)
  
◇ 当方にとって、読書する喜びや感動のようなものが余り感じられず、テレビの表層的な軽いドラマを見ているような印象である。

◇ 本の表題に訳の分からないカタカナをつけることも印象が良くない。

◇ 上記本屋大賞を受賞した「ゴールデンスランバー」の映画(主演:堺雅人)を平成22年に見ているが、その時の映画感想文も“原作が雑な内容であり、いい加減すぎる。”とあった。

◇ この短編集は各編の登場人物が何らかのつながりがある構成になっているが、その中でも「メイクアップ」という作品は高校時代にいじめられていた窪田結衣が加害者としていじめていた小久保亜季に出会い、立場がクライアントとプレゼン業者ということで、窪田結衣が高校時代の復讐を実行できる状況にあり、どのような展開になるのか、結衣の同僚の佳織と会話している場面は面白かった。


以上