2013年10月2日水曜日

「越前竹人形」 水上勉

                                 2013年10月2日
by Eiji.K

結婚した相手女性を自分の母親と見なし、手も触れなく、大事にするとい  
  う倫理観・道徳観は大正時代の山奥の人里離れた場所で村人との対人関係を断っている境遇にある人ができることであり、現代人でこの考え方を持てる人はいないでしょう。

◇ 聖母思想、処女懐妊のようなキリスト教的な宗教的な精神状況が感じられる考え方である。

◇ 夫である氏家喜助のこのような仕打ちに対し、それにこたえようとする玉枝は昔日の日本女性の鏡のような存在である。妊娠を処理するため京都に出かけ、結果的に流産するという展開は哀しみを抱えた女性の強さ・美しさを表現していてこの小説のクライマックスとなっている。

◇ 当方は、現在、竹について日常的に接する機会が多い。鶴ヶ島の市民の森には竹林が多く、孟宗竹を切り倒し、東北に送っている(年間500本程度)。なお、孟宗竹は流しそうめん用樋や竹細工としてのぽっくり、キャンドルナイト用ろうそく入れ、門松制作などに使用している。真竹では竹馬、水鉄砲、バンブーパンの棒など各種イベント用に活用している。そのため、旅行などで竹細工製品があると当方で作成できないかと常に関心がある対象となっている。

◇ 小説では竹藪に10種類以上の竹を植えてあるとあるが、鶴ヶ島には女竹、黒竹などはない。また、秋に竹を切り倒し、屋内で場所を確保し、乾燥させたものを細工するというのは専門家でないと難しい。

◇ 小説では竹藪の管理について、落ち葉が一つもない程、綺麗に整備している場面が出てくるが、竹藪の管理は非常に大変であり、放置しておくと込み入り、直ぐに人が入れなくなるようになる。


◇ 越前竹人形は相当な技術と経験が必要であると思われるが、どのようなものなのか、竹の皮で着物の柄等を作るとあるが実物を見てみたいと思う。

2013年6月5日水曜日

「解錠師」  スティーヴ・ハミルトン

平成2565()
 by Eiji.K

◇ 2011年のアメリカ探偵作家クラブエドガー賞最優秀長編賞、英国推理作家協会賞等の受賞作品であり、日本でも宝島社の2012年“このミステリーがすごい”と週刊文春のミステリーベスト10で各々第1位となっている作品である。したがって、長編小説であるが一気に読める面白さがある。

◇ アウトローの世界には、特に男性は一種の憧れを持つ傾向がある。
主人公は根っからの悪人ではなく、誠実な人物であり、解錠師という技術を持っていることから犯罪に巻き込まれるという経緯になっており、自分が経験できない未知なる危険な世界を垣間見るという正に小説を読む楽しさを十分に与えてくれる本である。

◇ アメリアという少女との恋愛青春小説の面もあり、読んでいてアウトローによくある暗さや惨めさを感じないところがよい。

◇ 構成が素晴らしい。時間軸が2面(解錠師としての仕事の推移と解錠師になる修行の経緯)より交互に描かれ最後に一致するという手法は作家としての知性を感じる。

◇ アメリカの市民生活、特に高級住宅街のパーティー開催の日常性や貧民階級のアウトローの世界が身近に感じられるのは作者の力量なのだろう。

◇ 最後の場面で主人公が刑務所から出所し、恋人に言葉を発しようとしたいとするなど、ハッピーエンドがほのめかされていることがよい。

◇ アメリカ人は資産を金融機関に預けるのではなく、自分の家で金庫に保管するというのが一般なのだろうか。解錠師という特殊技能を持つ者が存在するということになると、金庫や錠前で身を守るということができなくなってしまう。その存在は、社会の安全性を根底から崩すことになるものである。日本では、金は金融機関に預けるということが前提であるのでその不安は少ないが。
以上

2013年5月8日水曜日

「虫眼とアニ眼」  養老猛司、宮崎駿

平成25年5月8日(水)
by Eiji.K

◇ この対談集はどちらかというと読みにくかった。
  読みにくい理由は次の点である。
  ・両人とも解剖学、アニメの専門家・大家であるが、違う分野の人の対談は話のテーマをかみ合わせることが難しく、対談内容が集約されずにあちこちに飛んでいる感じがしたこと。
  ・お互いに感受性がとても鋭い人たちなので、感性面が表に出る対談になり論理的なお互いの合意や共通項の確認作業等が表面的になっていること。(言葉にしなくてもお互いに了解していることはあるのだろうが、当方にはその境地になっていないので結果としてよくわからないことになる。)
  ・対談の題材が宮崎駿のアニメ映画の内容になるが、宮崎駿も言っているが、アニメそのものが感性の産物であり、評論しにくいものであること。

◇ 上記のことから、この本の構成として感性を具現化する方法として、宮崎駿は本人の妄想としてイラスト(このイラストは素晴らしい発想であり宮崎駿ワールドを示している。)を描いており、養老猛司は“宮崎駿アニメ私論”を書いているのではと思う。

◇ アニメから想像する宮崎駿は好々爺的なおとなしそうな人物かなと思っていたが、尖鋭的な頑固者であることが分かり、そういう性格でないとジブリを引っ張っていくことはできないのだろうと了解できた。

◇ 特に良かった発言内容
  ・今の日本人ができたのが室町期であり、その前の鎌倉期と比べ人間と自然との関係が根本的に変わっっている。室町期以降は、自然を敬わなくなり、人間同士の関係に関心が移っている。
  ・自然の中では問題が生じても「仕方がない」で済むが、都会では人のせいにする。今の子供たちはそれにすっぽり浸かっている。

◇ 蝶道について

by toraneco

解剖学者であり、「バカの壁」の著者としても知られる養老孟司(虫眼)とスタジオジブリのアニメ映画の監督として知られる宮崎駿(アニ眼)の対談集である。

「芸術表現は、その方法でなければ表現できないものを含んでいる。だから文字にならない、言葉にならない。」を言い訳に自分なりの解釈を。
虫眼でディテールを認識する感性を磨き、アニメで物差しみたいなものを感じよう!。

時代認識:
・「ぼくらの文明は退廃している。」
・「日本人は森を国土と心の中に残している民族、どっかで原始的なんだ」
・我々は、平安末期、応仁の乱に生きている。塀の外は飢餓・天災・疫病の世界
・脳で考え、脳で見ている脳化社会。教育の課程から、実物を抜いてしまっているのが、いまの教育である。「生きていくための武装に欠けている」
・「世の中とは、いつもどこかがおかしいものなのでしょう。」

・現代は、みんなが人間嫌いになっている時代
何故か → 現代は人間に関心が向きすぎている。
感性=ディテールを感知する能力、差異を見分ける能力を、人間関係の中に見ている
自然環境はものすごいディテールで成り立っている。→なぜそこを見ないのか?

・都市化、脳化社会
「我々が見ているのは動いている世界、世界が動かないと思っているのは脳みそがやっているから。」
都市化=進歩 で易きについたが、その先は荒地になる

・宮崎アニメが提示するモノ
何かを出すと変化そのものが見える。物差しみたいなものを一つ出してやると、スーッと全部が見えてくる。
日本文化 「平家物語」「方丈記」 行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。
 自然に対する感覚
子どもたちに「生まれてきてよかったねって言おう、言えなければ映画はつくらない。」と踏みとどまって映画をつくっている。→ 本当だと思うことは、子どもに語れるだろう。

あとがきで、やはり宮崎駿が好きなんだと納得した。
「必要なのは、理念を語ることではなくて実際に何かをやることです。」


2013年4月3日水曜日

「日本の国境問題」  孫崎亨

平成2543()

   by Eiji.K

◇ 日本の国境問題=領土問題の歴史的経緯をこのように分かりやすく解説されたものを読んだのは初めてである。

◇ この種の問題は通常新聞・インターネットからの情報が全てであるが、このような歴史的経緯事実(ポツダム宣言・サンフランシスコ平和条約での領土放棄)が正確に書かれていないことについて疑問に思う。

◇ 国どうしの条約締結事項は、その国間の国力に応じた解釈がなされ、その国力の変遷に伴い変化するという歴史の事実を知り、現代においても同様に著しく変化するのだということを知らされた。(国境線は力関係の変化でずらされる。)

◇ ドイツは第2次世界大戦により分割された国土を取り戻そうとはせず、欧州連合(EU)の中で実を取るという方向に昇華してきた先見性の卓越さは素晴らしいと思う。(北アイルランド、スペインバスク地方、ユーゴ諸国、ギリシャとトルコに分割されているキプロス等の領土問題も同様の解決手法にならないのか。→東アジア共同体構想)

◇ 個別課題について
○ 北方領土問題
  ・ソ連・ロシアと日本との平和条約締結について、大国アメリカの思惑(冷戦時の日ソ間の進展阻止、特に、歯舞・色丹諸島を分割したら沖縄をアメリカに返還させるとの脅し→雪解け時に日本からのロシア支援を促したこと等)によりそのまま日本が踊らされてきたことにその当時の官僚・政治家の反省はどうなっているのか。
  ・ロシアも日本が世界第2位の経済力を持っていた時は、経済支援を得るため歯舞・色丹諸島の分割は認めたが、日本がロシアにとって第11番目の貿易国になったら、2島分割を認めないという政治の流れは冷酷である。今後の日本の国力の発展を期待できない中ではその時点での政治家の判断力が問われる。
 ○ 竹島問題
  ・アメリカは竹島の帰属について、日韓への対応に変遷があり、日米安保条約で日本への支援があるかは不明な状況である。
 ○ 尖閣諸島問題
  ・周恩来・鄧小平からの棚上げ方式に対する日本の国有化意向(特に、石原慎太郎の買い取り問題に翻弄された民主党の稚拙さ、棚上げ合意の否定、日中漁業協定による自国の漁船のみ取り締まることの暗黙の合意の破棄行動等)の不手際さ(“領有権は存在しない。”“棚上げは合意していない。”等の対応)を感じる。
  ・アメリカは日ソ間の領土問題を自分の都合のいいように利用してきたが、米中の緊張が高まる中では、尖閣諸島問題を同様の取扱にする恐れがある。
・世界の警察官を自任するアメリカの軍事力よりも中国のそれが今後、上回る予測は、将来の外交・政治問題の要の課題になるのだろうと思う。


◇ 北方領土、竹島、尖閣諸島は小さな面積の場所であり、経済的な価値はあまりない。ロシア、韓国、中国は領有権を主張しており、領有権で争うことよりもそれらの国と平和な繁栄をお互いに享受することの方が国民にとって有意義である。お互いの見解を認め合い、少なくとも棚上げによる一時回避が最も現実的な対応方法である。

2013年3月6日水曜日

「聞く力」  阿川佐和子


by Eiji.K

◇ この本がベストセラーであることの意味がよくわからなかった。
  阿川佐和子のインタビューでの経験談・失敗談がその内容であるが、なにか特別なことが書かれているわけではなく、ある意味常識であると思われるものが出されているにすぎないと思う。

◇ 阿川佐和子のおしゃべりに付き合わされているという感じがする。

◇ 話の対象人物が有名人(政治家、学者、作家、芸能人、スポーツ選手等)であり、ゴシップ的な要素が垣間見られ、興味が惹かれる点もよく売れている理由であると思う。

◇ 文書表現がユーモアに溢れ、作者の好奇心の塊のようなところがよく出ている。また、作者の心やさしさ、軽快感も十分に感じられ、読後感は非常によい。

◇ 芸能人によくあるゴーストライターが書いた本ではなく、阿川佐和子本人が書いた本であることはよくわかる。

◇ このように明るく魅力的な女性が「みあい」を何十回もしてきたということが理解しにくい。

◇ 面白く読んだ点
 ・留守番電話に話すのはしにくいと思っていたが、電話が相槌を打ってくれたら話しやすくなるのではという文章……同感

◇ 参考になった点
 ・初対面の人に愛想良くすれば自分に好意的なってくれるということは間違った信仰であり、相手の心構えや段取りを理解しなくてはいけないこと。(渡辺淳一への対談)

以上

2013年2月6日水曜日

「最後の小学校 」  秋山忠嗣


平成2526()
 by Eiji.K

◇ 教育における先生と生徒の在り方の原点のような内容である。

◇ 閉鎖される小学校の最後の一人となった“さつき”に対する教育者(夫婦)の愛情あふれる取り組みの数々と“さつき”の成長の経過を見守るドキュメンタリーであるが、作者が向島に赴任した理由は、作者が中学生の時に不登校の引きこもりを体験しており、自分の経験を踏まえた作者本人の過去の自分を見つめ直す矯正の作用があったのではないかと感じる。

◇ 子どもを教育する楽しさ、厳しさ、喜び等が一人の生徒しかいないことから純粋培養されるような環境にあり、こんな教育者になったら幸せだろうなと思わせてくれる。

◇ 精神的な疾患者が多くなっている等の教職員の厳しさが言われているが、今の教職員の皆さんに是非、読んでもらいたい内容である。

◇ “さつき”が中学校に進学し、どのようになっているのか「あとがき」等で紹介してもらいたかった。

◇ 「あとがき」で島の卒業式の場面はフィクションであるとあるが、なぜ、そのようなことになったのか疑問である。実際の卒業式のことを経験するはずなのに。

◇ 良いと思った文章表現
 ・人との会話量や交流が少ないと子どもの思考力や聞き取る力を伸ばす機会も少なくなる。
 ・(“さつき”と愛美の跳び箱の場面で表現されているが)一緒に頑張る仲間の存在があるということは、一人で繰り返し練習することよりも上達が早くなるということ。
 ・学校に行く目的は、その人が幸せになるために行くのであって、進学するとか、就職することは単なる手段にすぎないこと。
 ・子どもは大人の言うとおりになるものではなく、大人のすることをそのまままねることをする。
 ・教育の目的は学力や人間関係のスキルを身につけさせることが重要であるが、それ以上に必要なことは、将来、子どもたちがつらいことがあった時に、ふっと思い出させる安らぎや温かさの思い出を作ること、子どもが子どもらしくいられる時間を持たせること、大切にされた記憶があること等そんな心のふるさとを作ってあげることである。
 ・子どもを笑顔にするには、やっぱり一緒に過ごす先生の余裕やゆとりも必要なのではないだろうか。
以上